2016年12月02日
今井町&八木町 散策の思い出 (11/22:橿原)
橿原神宮のお参りの後、実際にこの今井町を訪れる前には想像していなかったほど、この日の観光&散策は充実した時間となっていました。
最初に訪れた今井まちなみ交流センター華甍で観光マップをいただいた際に、おすすめコースをうかがい、町の紹介ビデオ鑑賞をしながら休憩させていただいて、この町の歴史や重要伝統的建造物群保存地区であることを学び、昼食後に散策後をスタートしてすぐに「高木家住宅」前を通り、案内を見ていると、ご当主の奥様が外出から戻ってこられて、「うちは事前予約なしでも、中を見学できますよ。有料になりますが、いかがですか?」と声をかけていただき、お願いして案内していただきました。(見学料の300円は、維持保存のための諸費用に充てられているそうです。)
そこで、幕末の町家の案内だけでなく、町の歴史や他の住宅群についてもいろいろ教えていただき、無料で見学できるという旧米谷家住宅にも立ち寄るよう薦めていただきました。
次に訪れた旧米谷家住宅でも、スタッフの方にていねいに内部を案内していただき、夢ら咲長屋(案内所兼休憩所)を薦めていただき、さらに、今井まちや館へと。
そんなふうに、訪れる先々でとても親切に対応していただき、学んだことがたくさんありました。
夢ら咲長屋では、今井町の後、近鉄大和八木駅方面まで散策するつもりだとお話ししましたら、「せっかくなので、時間があれば、この次に八木町も散策され、八木札の辻交流館も見学されたらいいですよ。」と薦めていだだき、訪れたところ、八木町の八木札の辻交流館でも、ていねいに館内を案内していただきました。
この日、いろいろなところでお話をうかがっている時、
”織田信長と戦った際に、明智光秀を通じて降伏をしたおかげで、今井町は助かって、その後の繁栄につながった”
ということが、遠い昔の歴史の中の話ではなく、この町の方々にはとても身近に感じている史実なんだな...と感じていました。
さらに、”かつては聖徳太子が通った道”とか”天保○年に”等々という話題や資料や数々の時代を超えたものたちが、あたりまえのように自然にそこにある。
以前は、旅籠だったという八木札の辻交流館の2階を案内していただいている時、昔のままの欄間だと教えていただいたその風景には、住吉大社の太鼓橋と高灯篭が彫り込まれていたことにも、なんだか不思議なめぐりあいのような気がしていました。
最初に訪れた今井まちなみ交流センター華甍で観光マップをいただいた際に、おすすめコースをうかがい、町の紹介ビデオ鑑賞をしながら休憩させていただいて、この町の歴史や重要伝統的建造物群保存地区であることを学び、昼食後に散策後をスタートしてすぐに「高木家住宅」前を通り、案内を見ていると、ご当主の奥様が外出から戻ってこられて、「うちは事前予約なしでも、中を見学できますよ。有料になりますが、いかがですか?」と声をかけていただき、お願いして案内していただきました。(見学料の300円は、維持保存のための諸費用に充てられているそうです。)
そこで、幕末の町家の案内だけでなく、町の歴史や他の住宅群についてもいろいろ教えていただき、無料で見学できるという旧米谷家住宅にも立ち寄るよう薦めていただきました。
次に訪れた旧米谷家住宅でも、スタッフの方にていねいに内部を案内していただき、夢ら咲長屋(案内所兼休憩所)を薦めていただき、さらに、今井まちや館へと。
そんなふうに、訪れる先々でとても親切に対応していただき、学んだことがたくさんありました。
夢ら咲長屋では、今井町の後、近鉄大和八木駅方面まで散策するつもりだとお話ししましたら、「せっかくなので、時間があれば、この次に八木町も散策され、八木札の辻交流館も見学されたらいいですよ。」と薦めていだだき、訪れたところ、八木町の八木札の辻交流館でも、ていねいに館内を案内していただきました。
この日、いろいろなところでお話をうかがっている時、
”織田信長と戦った際に、明智光秀を通じて降伏をしたおかげで、今井町は助かって、その後の繁栄につながった”
ということが、遠い昔の歴史の中の話ではなく、この町の方々にはとても身近に感じている史実なんだな...と感じていました。
さらに、”かつては聖徳太子が通った道”とか”天保○年に”等々という話題や資料や数々の時代を超えたものたちが、あたりまえのように自然にそこにある。
以前は、旅籠だったという八木札の辻交流館の2階を案内していただいている時、昔のままの欄間だと教えていただいたその風景には、住吉大社の太鼓橋と高灯篭が彫り込まれていたことにも、なんだか不思議なめぐりあいのような気がしていました。
2016年11月25日
橿原神宮の風景
朝の橿原神宮の風景。
昔、従兄の結婚式で訪れたことがある橿原神宮。
もう、当時の記憶は断片的なものしか残っていないくらい遠い思い出になってしまったけれど、早朝の参拝はとても清々しくて、気持ちがいい古都散策のスタートでした。
昔、従兄の結婚式で訪れたことがある橿原神宮。
もう、当時の記憶は断片的なものしか残っていないくらい遠い思い出になってしまったけれど、早朝の参拝はとても清々しくて、気持ちがいい古都散策のスタートでした。
2016年11月24日
秋の古都散策
先日、所用で出かけた奈良。
と言っても、私がメインの所用ではないので、
私は、秋の古都散策の1日となりました。
早朝に、橿原神宮への参拝からスタートして、神武天皇陵から今井町、八木町まで、約6km。
そして、この日の私の、終日の歩数は13578歩、歩行距離は9.3km。
遠い昔にご縁があった思い出の場所、初めて訪れた場所。
どこに行っても、なつかしくて、あたたかい感じがしたのは、父の故郷に近いから...だったのかもしれません。
いろんなところで、いろんな方々に親切にしていただいたので、とても充実した1日になりました。
ありがとうございました。
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2016年11月23日
2015年11月03日
黒塚古墳の風景 2015.10
午後から私は大阪で待ち合わせの時間があるので、石上神宮への参拝を終えたら、すぐ大阪へ戻る予定だったのですが、帰路の途中、主人の意向で立ち寄った黒塚古墳の風景。
黒塚古墳展示館では、スタッフの方がていねいに展示物の説明をしてくださっていたのに、時間がなくて少し拝見しただけで出発しなければいけなかったのが心苦しかったので、また、いつかゆっくりと山の辺付近の観光に訪れたいと思っています。
<黒塚古墳展示館の所在地>
◇天理市柳本町1118-2
2015年11月02日
石上神宮 (10/31:天理)
10月最終日、ハロウィンの日。夕方からの大阪でのライヴの前に、主人とともに所用で奈良に出かけることになりました。
早朝に自宅を出て、所用を終え、ブランチを済ませた後、近くの石上神宮へお参りに訪れました。
境内の随所に、ご神鶏のニワトリがいました。
<石上神宮の所在地>
◇ 天理市布留町384 ℡:0743-62-0900
早朝に自宅を出て、所用を終え、ブランチを済ませた後、近くの石上神宮へお参りに訪れました。
境内の随所に、ご神鶏のニワトリがいました。
<石上神宮の所在地>
◇ 天理市布留町384 ℡:0743-62-0900
2011年11月09日
秋の奈良 正倉院展 -2 (11/5)
第63回 正倉院展 (奈良国立博物館)
先日訪れた正倉院展の展示会場内はもちろん写真撮影不可だったのですが、正倉院展の見学を終えた後、奈良国立博物館の中庭の八窓庵を臨む一角で開催されていたお茶席で休憩した時の風景から。
当日は小雨の天候にもかかわらず、奈良国立博物館の正倉院展に入館するまでには長い行列がありました。
会場内においても、
金銀鈿荘唐大刀を最前列でじっくり観ようと思えば
かなり長い列を並んで待たないといけなかったのですが、
「今日は、これでもまだ混雑がましだと思う。」
と言っておられる方がいました。
本物を見たかった宝物のひとつ、蘭奢待を観ていると、すぐ隣の方が「織田信長が切り取った部分より、足利義政が切り取った部分の方が大きいやん。どうみても、信長の部分の方が細い。」と言っておられ、じっと見つめると確かに...。
数々の大河ドラマや歴史小説等で抱いている織田信長のイメージとはちょっと違う、その蘭奢待の切り取り方の謙虚さ(ただ、そもそも時の権力者だからと言って、国宝とも言える正倉院の宝物を勝手に切り取るのは”謙虚”とはいえないとは思いますが...)に、思わず苦笑してしまいました。
ひさしぶりに訪れた奈良ですので、他にも立ち寄りたいところはたくさんありましたが、時間と帰路の道のり(と私の体力...)を考えてあきらめました。
また、いつか、朝からゆっくりと訪れたいと思います。
<過去ログ>
・秋の奈良 正倉院展-1 (11/5)
<奈良国立博物館の所在地>
◇奈良市登大路町50番地 ℡:050-5542-8600
先日訪れた正倉院展の展示会場内はもちろん写真撮影不可だったのですが、正倉院展の見学を終えた後、奈良国立博物館の中庭の八窓庵を臨む一角で開催されていたお茶席で休憩した時の風景から。
当日は小雨の天候にもかかわらず、奈良国立博物館の正倉院展に入館するまでには長い行列がありました。
(読売新聞 2011年10月特別号より→)
会場内においても、
金銀鈿荘唐大刀を最前列でじっくり観ようと思えば
かなり長い列を並んで待たないといけなかったのですが、
「今日は、これでもまだ混雑がましだと思う。」
と言っておられる方がいました。
本物を見たかった宝物のひとつ、蘭奢待を観ていると、すぐ隣の方が「織田信長が切り取った部分より、足利義政が切り取った部分の方が大きいやん。どうみても、信長の部分の方が細い。」と言っておられ、じっと見つめると確かに...。
(読売新聞 2011年10月特別号より)
数々の大河ドラマや歴史小説等で抱いている織田信長のイメージとはちょっと違う、その蘭奢待の切り取り方の謙虚さ(ただ、そもそも時の権力者だからと言って、国宝とも言える正倉院の宝物を勝手に切り取るのは”謙虚”とはいえないとは思いますが...)に、思わず苦笑してしまいました。
ひさしぶりに訪れた奈良ですので、他にも立ち寄りたいところはたくさんありましたが、時間と帰路の道のり(と私の体力...)を考えてあきらめました。
また、いつか、朝からゆっくりと訪れたいと思います。
<過去ログ>
・秋の奈良 正倉院展-1 (11/5)
<奈良国立博物館の所在地>
◇奈良市登大路町50番地 ℡:050-5542-8600
2011年11月05日
秋の奈良 正倉院展 -1 (11/5)
雨の土曜日。私の仕事はお休みなので、休息日になる予定だった。
主人も土曜休日で、朝から「大阪のヨドバシまで、PC関係の機器を買いに車で行こう。」と言う。
「いや、私は昨日の職場がハードだったので、今日は休息日の予定だし・・・。」と渋っていた。
それにめげずに、「前に入りそびれた、三越伊勢丹のモクモクでランチを食べたらいいし。」と言う。
「一昨日にも、お義母さんをお誘いしてバイキングでランチを食べたばかりじゃない...。」と、ツッコんでみた。
「そう言えば、前におふくろもモクモクに入りそびれたので、次に行く時にはまた誘う約束をしていたっけ。」(←都合の悪い話は聞こえないふりをして、自分にいいように話題をすりかえている・・・。)と言い、
さらに、「ずっと行きたかった正倉院展が今月14日までだし、せっかく大阪まで車で出るのなら、そのまま奈良まで行ってしまうのもいいかも。」と、のたまう。
「だ・か・ら、私は今日は休息日の予定なんだってば・・・。」と、訴えてはみたけれど。。。
”秋の奈良散策と正倉院展”は、私にとっても、とても魅力的なお誘いな訳で...。
結局、義母と大阪で合流し、買い物の後、ランチに行って、そのまま奈良までドライブへ。
一昨日の写真もまだ未整理のものがいっぱい残っているのに、また、記録待ちの写真がたくさん増えてしまいました。。。
少しずつ、ゆっくりと整理整頓して、記録にまとめていきたいと思います。
秋の奈良の風景から。
第63回 正倉院展 (奈良国立博物館)
・秋の奈良 正倉院展-2 (11/5)へ
続きを読む
主人も土曜休日で、朝から「大阪のヨドバシまで、PC関係の機器を買いに車で行こう。」と言う。
「いや、私は昨日の職場がハードだったので、今日は休息日の予定だし・・・。」と渋っていた。
それにめげずに、「前に入りそびれた、三越伊勢丹のモクモクでランチを食べたらいいし。」と言う。
「一昨日にも、お義母さんをお誘いしてバイキングでランチを食べたばかりじゃない...。」と、ツッコんでみた。
「そう言えば、前におふくろもモクモクに入りそびれたので、次に行く時にはまた誘う約束をしていたっけ。」(←都合の悪い話は聞こえないふりをして、自分にいいように話題をすりかえている・・・。)と言い、
さらに、「ずっと行きたかった正倉院展が今月14日までだし、せっかく大阪まで車で出るのなら、そのまま奈良まで行ってしまうのもいいかも。」と、のたまう。
「だ・か・ら、私は今日は休息日の予定なんだってば・・・。」と、訴えてはみたけれど。。。
”秋の奈良散策と正倉院展”は、私にとっても、とても魅力的なお誘いな訳で...。
結局、義母と大阪で合流し、買い物の後、ランチに行って、そのまま奈良までドライブへ。
一昨日の写真もまだ未整理のものがいっぱい残っているのに、また、記録待ちの写真がたくさん増えてしまいました。。。
少しずつ、ゆっくりと整理整頓して、記録にまとめていきたいと思います。
秋の奈良の風景から。
第63回 正倉院展 (奈良国立博物館)
・秋の奈良 正倉院展-2 (11/5)へ
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