2012年11月05日

バラとハーブと栗ごはん

バラとハーブと栗ごはん


「おばあちゃんへのおみやげに、バラの花とおうちの花壇に咲いていたハーブをブーケにしました。スマイル


バラとハーブと栗ごはん バラとハーブと栗ごはん


「そして、丹波でかってきて、れいとうほぞんしてあった栗をつかって、あさから炊いたくりごはんです。ニコニコ



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年をとるにつれ、よりいっそう頑固になる人と、だんだん穏やかになって丸くなる人...。

後者の方が周囲はもちろん、当の本人も楽だということは、誰もがわかっていることだと思う。

でも、自分が生きてきた時間の長さの分だけあたりまえに過ごしてきた生き様を変えることは簡単なことじゃないし、その中で培われてきた自分の持つ常識の中には万人に共通のものもあれば違うものもあるということに気がついて臨機応変に対応することも難しいもので...。


たとえ実の親子でも、実家を離れて生きてきた環境や、さまざまな状況にあわせて変化を余儀なくされて積み重ねてきた生き方の分だけ違う意識や価値観や考え方があるのだけれど、やはりそこは親子だからこそ、相手の気持ちもよくわかる。

そんな葛藤の中で、自分の親に話す言葉のひとつひとつは、今、まさに自分の子供が大きくなって自立させていかないといけない現在の私自身が今後きちんと心がけておかないといけないことなのだろう...と、私自身の口から出た言葉がそのままぐるりとまわって自分の耳に戻ってきては、自分の胸に痛いほどつきささってくるように思う。


相手をひとりの人間として尊重するならば、相手の生き方に口出しをして自分の思う通りに変えようとするわけにはいかないのだけれど、それが他人であれば少し離れた立ち位置でただ見守っているだけでいい部分があっても、親子という関係性の中では最終的に負わないといけない責任が生じてくる重さの分だけ、先送りにしておくと問題になるようなことにはイヤでもむかいあわないといけないので、できれば触れずに避けて通りたいような問題に対しても、厳しいことを言ってでも、きちんと意見交換をしておいて、いざという時になんとか対処しておけるように考えていかないといけないから。



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本当に究極のたとえになるけれど...。

人生の終末において最期のお別れにたむける花は白い菊やユリの花などが一般的だとしても、「私は、私のこだわりとして、バラとハーブと好きだった音楽につつまれて、最期をむかえたい。」と主人や子供達に言い続けています。

「ややこしい注文を、つけないで欲しい...。」と家族からはあきれて言われるのだけれど、私の最期の時には”大好きだったバラとハーブと音楽”と、そして、”私がそれらを好きだったという事を知っている人達が、出来る限りの範囲でそれらを用意して見送ってくれること”が、”幸せだったと自己満足して、旅立っていけること”への私なりの”理想”なのだと、思っています。

そして、そんな”究極の目標”がはっきりしていれば、たとえ実際の最期の時に贅沢なほどたくさんのバラとハーブと音楽を用意してもらえなくても、自分が生きているうちに自分自身でバラとハーブを育てたり、毎日の生活の中にバラとハーブと好きな音楽がなにげなく存在する日々を心がけて過ごしていたりすることで、自分の人生は幸せだったと満足して、穏やかな気持ちで終焉を迎えることができるのだろうと思っています。

つまり、最後の最期に1万本のバラを他の人に集めてもらうより、元気なうちから1日に1本のバラを自力で用意して愛でて過ごせる日を1万日過ごしていくほうが、無理がなくて自然体で自分が幸せになれるという発想。


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いつも私が、自分に言い聞かせていること。 ”笑顔は笑顔を呼び、やさしさはやさしさを呼ぶ。”


自分の欲しいものを選んで、誰かにさしあげるように心がけていることで、最終的にはまわりまわって、自分のところにも返ってくると思うから。


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親に対して生意気な言動であったとしても、必要だと思うことはきちんと話し合えることが大切だという気持ちで訪ねていく時に用意したお土産は、大好きなバラとハーブの花束と手作りの栗ごはん。

近くのスーパーで買ってきた栗とぱっと見た目に違いはないとしても、栗ごはんに使った栗の中には、”義母をお誘いして出かけるように私の親とも一緒にお出かけして丹波に出かけ、旬の時期に丹波栗を買いに行ったりおいしいものを一緒に食べに行くようなゆったりした時間を共有することは難しいとしても、丹波で買ってきた栗を使って作った栗ごはんを届けることで、季節を感じて、旬の味覚を一緒に楽しむ気持ちだけでも届けたい。”という、私の思いを込めています。

なにげない日々の中に、ささやかでもいいから、何か心に残るような思い出を積み重ねていきたいという思い。

でも、そんな”思い”は言葉にして、相手にきちんと伝えないと、わからない。伝わらない。


”そんなふうに、出来る事を少しずつ、積み重ねていくしかないのだろうなぁ...。”というのが、努力目標であり、せめてもの”希望”のような気がします。

目標や希望が見えないと、今の一歩が踏み出せない。

できることならば考えずに避けて通りたいことであっても、どんなにつらくても苦しくても、ごまかさずにきちんとむかい合うことで、少なくても、”今日踏み出せる、小さな一歩”について、語り合い、共に考えることができるならば、それはきっと大切で必要なことなのだろうと、思います。


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年齢を重ねて、身体が弱って来ても、長年続けてきた自分の仕事はある意味、精神的な支えになっていることは事実な訳で、自営で商売をしている店が赤字経営にならない限り、細々とでも働き続けてもらうことには意義があって、おなじみのお客様との会話や接客が両親にとっての生きがいなのは、私にもよくわかる。

でも、さながら仕事依存のように、基本的に定休日も設定せずに、お正月やどうしてもやむをえない状況にならない限り、どちらかが入院したり、自分の体調が悪い時でも、店を開けて必ずそこにいないといけないような発想から逃れられないのは、何かが違うと思う。

厳しい見方をするならば、難しい問題を抱えていると、見ないふりをして、自分をごまかして、あえて、自分にとって楽な方に逃げ込んでいるようなもので、もちろん、誰もがみんなそんな心境になることがあって、私自身にも、当然、そんな部分があると思う。

でも、問題をごまかし続けて先送りにするだけでは、結局、誰かにその責任を肩代わりしてもらうのを待っているだけの他力本願な逃げの行為なだけだということも、わかっている。

”いつかは、きっと。” ”落ち着いたら、そのうちに。”

そんなことを言い続けていたら、”いつか”も”落ち着いたらという時期”も、永久にやってこないから。

”自分自身のために、また、周囲のみんなのために、今、何が必要で、必要な変化のためには考え方をどう変えて、どういうふうに取り組んで、自分の力ではたして何ができるのか。”

それは、ただ両親だけの問題なのではなく、私自身にもずんと重くのしかかってくるような大切な課題なのだと、身にしみていたりもします。



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Posted by Dreamer at 23:37 │日常の雑感