2013年08月01日

8月1日の雑感 2013

8月になりました。

お盆休みには楽しいレジャーを考えるだけでなく、帰省やお墓参り等といったさまざまな行事も待っています。

去年のお盆前に主人の実家へお届けした、干菓子とかき氷のろうそく。何もお供えがなくて、お仏壇がさびしい時に、この夏も時々飾られているようです。

8月1日の雑感 2013


8月1日の雑感 2013
昨日、蕾だった花壇のバラ
たった1日でこんなに咲ききってしまうように。

毎日、きれいに咲いている生花や、
新鮮な果物やお菓子をお供えしている状態を
ずっと保ち続けることが、どれだけ大変なことなのかは、
たぶん、実際に、責任を持って世話をしている者にしか
わからないのだろうなぁ...と、思います。



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先日、伯母のお見舞いにうかがった時、私が一番気遣ったのは一人娘であられる主人のいとこの方でした。

いくら身内といっても、お見舞いにうかがう立場の者は、ただ、やさしい言葉で元気づけ、励ますことができる。

でも、自分自身の毎日の日常生活を送りながら、看病をし、世話をする立場になると、いつも、そんなふうであり続けることは、とても難しいものだと、私自身の経験上、心から思います。

ご自身のお子さんもまた入院中で、伯母が倒れてすっかり気弱になっている伯父との同居生活の中で、ご自身の仕事もあり、「どんなに、本人が早く家に帰りたいと言っても、かわいそうだけれど、きちんとリハビリをして動けるようになるまでは連れて帰ることはできない。」という言葉に、伯母の妹である義母もうなづいておられました。



”家を守る”とか、”家族を守る”とかいうものは、けっして抽象的なきれいごとだけで済むものではなくて、日常のこまごまとしたものとか、しがらみとか、目に見えないような気苦労が、ひしめいています。

そんな守り続けている人の努力の上にあるからこそ、きちんと守り続けられているものの存在が、人の拠り所となり、心の支えとなるのかもしれません。



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かつての同居生活から別居へ至るさまざまな経験を経て、年月が過ぎ、今春から息子が主人の実家で義母と半同居することになり...。

お盆の予定とか、義父の法事の相談とか...あくまで、詳細を決めて実行するのは義母であり、主人であり、義弟であるのですが、私の立場でお手伝いする範囲に気を配りながら、私の実家においては先日の伯母の娘さんと同じような立場にならざるを得ないことからも、出来ることと出来ない事のバランスを考えて行動していきたいと、思っています。

もしも、息子が実家のお墓を守り、仏壇を守って、家を引き継いでいくということになるのならば、彼の将来のために、母である私もまた引き受けないといけない責任の重みを覚悟しておかないといけないのでしょうけれど...。



たとえ、実の息子や娘であろうと、孫であろうと、誰も、他の人間に何かを押しつけることはできなくて、どんな立場であろうと、どんな事情であろうと、結局は引き受ける側の本人の意思が一番大切なのだと、私は思っています。












タグ :お盆

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Posted by Dreamer at 10:20 │日常の雑感