2010年06月22日

食べることと、生きること。そして、幸せについて。

父の日に、主人の実家へ行く時に先日漬けたらっきょうをおすそわけで持っていくため、出かける前に小瓶に分ける作業を行いました。


そして、一緒に、すじ肉カレーを入れたタッパや、鶏ハムのお味見をお届けすると、義母は喜んでくださいました。

”適度な距離感で、お互いにいい部分だけを持ち寄ると、人間関係ってなんとかうまくいくんだなぁ…。”と、思います。

義父母に望まれて、結婚してすぐから完全同居して6年間という生活の中で積み重なったストレスが、阪神大震災という大きな天災をきっかけにバランスを崩し、耐えきれなくなった私の身体。
診察し、カウンセリングを行ってくださった医師が主人に伝えた言葉は…。

「人間には、どちらが悪いという訳ではなく、相性が悪いということがあります。環境を変えてください。」

確かに、別居生活となって、現在の我家で自分らしさを少しずつ生活の中に取り入れられるようになり、ストレスが大きく減っただけで、身体のバランスを取り戻し、食事をおいしいと思い、楽しめるようになっていきました。
(最近では、カロリーを気にして食生活制限を考えないといけないという自分自身への課題が、まるで嘘のようです。アセアセ


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”人は、何かを食べないと生きていけない。”

”いただきます。”という言葉の中には、動物であれ植物であれその命をいただいて自分の命をつないでいるということへの感謝の気持ち、食材を育てて採取・収穫し、運搬し、おいしく食べることができるように工夫して調理してくださった方々への感謝の気持ちが込められているということ。

”栄養バランスだけではなく、人には好き嫌いといった個人的な嗜好がある。”ということ。


なんとなく、食事のことを考える時、その人自身の生きざまにリンクしているような気がするのは、そんな自分自身の経験からなのかもしれません。

今のところの、そんな私の食生活の目標は、
”食事をおいしくいただけること、食事の時間が楽しいと思えること、健康に毎日を過ごしていけるような食生活を模索し自分なりに試行錯誤を積み重ねていくこと。”

それは、すなわち、人生の目標として、
”幸せに生きていくこと、毎日の生活が楽しいと思えること、健康に毎日を過ごしていけるような生き方を模索し自分なりに試行錯誤を積み重ねていくこと。”
を考えるということに、きっと、つながっていくのだと思えます。


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そして、私が苦手だったものでも、身体にいいものは少しずつでも食べていこう、我家の食生活に取り入れていこうと努力する姿勢と同様に、どんなに相性が悪いと結論づけられた人間関係でも、少しずつでも出来る範囲でつながっていようと努力する姿勢の中には、その先に”未来”を考える思いがあります。

私にも息子がいる限り、将来には私もまた、義理の娘ができる日がくるでしょう。

将来の”息子の妻”は、義母にとっての”現在の私”の立場と同じです。
「嫁」という言葉で彼女の個性を否定して白紙にし、私の価値観を押し付け、私自身と同化させようとする訳にはいきません。

もしも、同じことを私が望むようであれば、義父母から「たとえ黒いものでも白だと言われたら、白だと思わないといけない。」という価値観で縛られ、家庭内で何か問題が起これば「義父母の言うことに逆らわずに、ただ素直に従っていない嫁が悪い。」と責められて、私自身が抱えていたストレスと同じものを、次の世代に伝えてしまう結果になります。ちっ、ちっ、ちっ

その家をどんな場所にしたいのか、毎日を幸せに楽しく過ごすために(そこでの食生活を含め)どんな生活を送りたいのか、ひとりひとりみんなが違う価値観を持っている事を認め合ったうえで、思う存分話し合い、お互いに納得のいく結論を出せるような関係を築けなければ、同じ家で暮らすことなど到底できません。
たとえ適度な距離を取っていても、どちらかの我慢の上にようやく成り立つ人間関係になってしまいます。

そういう意味で、きちんと過去を振り返り、そのうえで現在を考えるということは、すなわち、未来を考えることなのだろうと、思います。


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その日、主人の実家の庭に咲いていた、アジサイの花。



お願いして、少し切り花にいただいて、自宅に持ち帰ってきました。玄関に、飾らせていただいています。



主人の実家の庭は、義母の大切な空間です。
「手入れの大変なバラは、庭に植えない。」という義母のルールのもとで、そこにはバラは存在しません。
そして、私の好みが反映されるどころか時には否定され、義母のこだわりだけが存在する庭の手入れや毎日の水やりをすることは、私にとってはやはり楽しみではなく、時には苦痛ですらありました。

それは、同居時代の食生活も同じです。嫁の務めとして、買い物や食事作りをまかされても、そこに私のこだわりを入れることはできません。義実家のルールに従って、ただ作業をする役割だけが求められる世界です。

しかし今、現在の我家の庭にはバラとハーブがあふれています。そこには、私の夢が存在します。毎日、水やりをして、手入れをして、バラやハーブを眺めるひとときに癒され、楽しんでいます。

そして、ここで咲いたバラを切って主人の実家にお持ちすると、義母もまた玄関に飾ってくださることがあります。

「それぞれの世界を大切にし、お互いに、尊重しあえるということ。」

”生きる”ということを考える時、”幸せ”ということを考える時、そんな理想の実現のためには、どうしていけばいいのだろう…。

相手の事を思いやりすぎると、自分の思いを犠牲にしたり、我慢をしたりが積み重なって、自分自身をつぶしてしまいます。
相手の事をきちんと尊重しながらも、自分の立場や思いをもうまく相手に伝え、適度な距離を心がけながら、良好な関係を築けるという理想。

たぶん、それこそが、私がいろいろな時にいろいろなことを考えてしまう理由と目標なのかもしれません。






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